株式会社あまの 就職情報
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代表取締役 天野健一からの、メッセージ





  学生さんと話していていつも感じるのですが、就職戦線は、大変だなー。と感じます。
商人の家に生まれた自分は、自分の資金で素材を仕入れて加工して販売したりすることは当たり前。
ゼロから商いを起こすということも、特別意識することのない当たり前の事。
自らのリスクを背負って商いをしているなどとの意識をもったことすらありませんでした。
近年、東京への出店時に東京のビジネスマンとの話から、自分の人生と資金をすべてかけているのを
リスクを負っているというんだ。と初めて認識した次第です。
そんなことがあってから、面接で学生さんと話していると、この若者たちも皆、この時期、一斉に
自身のこれからの人生を賭けるというリスクに懸命に取り組んでいるんだなー。と、思うと
選ぶ側の立場ではありますが、身が引き締まる思いでいます。
( 街で黙々と歩く、リクルート姿の学生さんをみると、がんばれよー くじけるなよー と
心ひそかにエールを送っています。 )
とくに、夢(*1)と引き換えにリスクをとって手前どものような小さな会社へ来ていただいた若者たちへの自分自身の責任は、どんな環境になっても自分の足で歩ける、一人前の自立した社会人に育つようにしてあげねば、と、がんばっています。

ところで、そんな就職戦線真っ只中の今、ちょっと立ち止まって、
自分の人生においてこの就職活動っていう時期は、なんなのだろう?って考えてみませんか。
( 人生の先輩による、この時期のちょっとしたアドバイスです。
どういう訳だか、面接時によく人生相談になってしまうものですから。気楽に読んでください。)

いまこの時期は、
人間は、なぜ人間なのか? 人間の価値・尊厳は、どこにあるのか?
なにを大切に生きなくてはいけないのか?を、学んだ皆さんが、
何によって身を立てるか、を考える時期だと思います。

いろんな選択基準がありますが、自分は、本当に何をやりたいのか、
その仕事が社会にどう役立つのか、その仕事に自分が誇りを持てるか、
という自問をすることが大事だと思います。
そのように考えて、進路を決めたほうが、後々有意義な人生をおくれることでしょう。
もちろん、自分で決めた進路でも相手先様のあることですから、全て相思相愛というわけには
いかないのが人生ですが‥‥。
(だから人生は、おもしろい。失敗経験は、人としての深みが増します。)
自分の頭で考えて、自分の言葉で話して、自分自身の感性で自分を表現して、
認められれば素直に喜びましょう、だめだったら仕方がない、自分の人生です。
前向きにめげずに取り組むしかありません。
若いあなたの人生には、まだまだたっぷりのチャンスがあるのですから。 
さあ、就職戦線がんばりましょう。

* 1 もちろん会社ですので再投資への必要資金である利益を多く求めるのは当然です。
夢だけでは、ごはんは食べられません。しかし、ごはんを食べるだけの仕事では人生つまらない。
仕事には夢が、夢には利益が必要です。
    あまのの夢は、一人でも多くの子供たちに、他のお菓子とは一味違った安全でおいしいお菓子を食べてもらうという夢を広めることです。そしてその実現と共に、結果としての利益が増えていく。
と考えています。
    
プロフィール
少年時代
 虚弱体質ながら野球大好き。(絵に描いたような、下手の横好き。)
中学3年間も野球部として補欠人生をやり抜く。
いつのまにか体力が付き。普通の子になる。
高校時代  ラグビー部 。雨の日の練習、その泥だらけ、ビジャビジャに濡れた中での練習を見てあこがれ。
入部勧誘オリエンテーションでの、先輩の一言。
美辞麗句、甘言一切無し。練習きついよ、耐えられるかい?
その一言で感激。入部決意。(その頃から?瞬間湯沸器直情型のようです。)
3年間がんばる。
青年期(20から30歳頃)
家業のあんこ屋を継ぐため名古屋にて修行。
家業を継ぐもなかなか良質の餡が売れず。悩む。(もっとおいしい餡を作りたかった。 この時代に菓子造りの基礎、餡作りを色々な豆で炊いた経験が後に
独自の菓子造りの役にたつ。
(人間どんなつらいこと、嫌なことでも、人間万事塞翁が馬かな?)


菓子屋創業期(30から40歳頃)
 製餡業に見切りをつけ菓子業に転換。(おいしい餡の和菓子を造りたかった)
最初の回転焼見事に失敗。(世の中それ程甘くない。甘いもの造ってもです。)
ショッピングセンター内で、性懲りも無く再度挑戦。
やはり最初は、失敗。しかし、もう後が無い状態から、粘り腰で団子大福を
覚え数年後に繁盛店を築く。

沼津本店建設
ショッピングセンター内でのついで買いではなく、独立した自分のお店をやりたくて現在地に本店を建設。
こんな場所で売れるはずが無いとのアドバイスを無視。
立地の悪さをおいしさでカバーとばかりにがんばる。
県外からも来店者がくるほどのお店になり、喜ぶ。
三島店、富士店、開店
東京吉祥寺店開店
石の上にも3年
日々、地域のお客様にかわいがられる店となりつつあることを実感。
2007年都内への東京2号店出店を計画中